福岡地方裁判所 昭和55年(ヨ)866号
債権者
斉藤琢磨
右代理人弁護士
津田聰夫
債務者
参松工業株式会社
右代表者代表取締役
横山康吉
右代理人弁護士
山口定男
右復代理人弁護士
森元龍治
右当事者間の業務命令効力停止仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
一、本件申請を却下する。
二、申請費用は債権者の負担とする。
理由
第一、債権者の本件申請の趣旨および理由は、別紙一に記載のとおりであり、債務者の答弁および主張は、別紙二に記載のとおりである。
第二、当裁判所の判断
一、債務者が食品製造を業とする会社であること、債権者は昭和三六年債務者に雇傭され、以後債務者会社福岡工場に勤務していること、債務者が昭和五五年七月二四日債権者に対し、翌二五日から債権者の業務を、技術課機械器具の製作補修業務から清掃業務を主とする業務に変更する旨命じたこと(以下「本件業務命令」という)は、当事者間に争いがない。
二、そこで、本件業務命令の効力について判断するに、本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
1 債務者会社は、東京に本社があるほか、福岡、千葉に工場を有し、福岡工場では、ブドウ糖、水飴、異性化液糖を製造している。福岡工場には製造、業務の各部があり、製造部には製造課と技術課とが設けられており、福岡工場の工場長を除く全従業員数は一〇九名で、その内訳は業務部一〇名、製造部製造課八〇名、同部技術課一九名である。
2 債権者は昭和三六年入社と同時に福岡工場製造部製造課に配属され、入社時から昭和四二年まで同課ブドウ糖精製グループで、同年から昭和四五年まで同課ブドウ糖結晶グループで、同年から昭和四七年まで同課ブドウ糖粉砕グループで、同年から昭和五一年まで同課水飴製造場グループ(荷造)で働いていた。債権者がこのように製造課内で担当職務を種々変った主たる理由は、債権者が協調性に欠け、同じ職務を担当する他の従業員との折合が悪かったためであった。
3 債務者会社福岡工場では昭和五一年八月、債権者を製造課から技術課工作班に配置換したが、その際、松田工場長および谷崎技術課長らは債権者に対し、右配転の理由は債権者の製造課における勤務が協調性に欠け同僚との折合が悪いためであることを告げ、今後配転先の技術課において協調性を欠く行動をしないようにとの注意を与えた。しかし、技術課に配転後も、債権者は同僚との協調性に欠ける行動が多く、そのため同僚との折合はよくなかった。
4 債権者は昭和五五年七月二三日正午過ぎ、上司の小柳勝時主任から液揚げポンプのパイプの連結作業を命ぜられ、同作業に従事したが、退社時間の午後四時までに右仕事を完成できそうになかったため、午後三時四〇分ころ工作班の同僚村山博に仕事の引継を依頼した。村山は、一旦は債権者の右依頼を快く承諾したが、その直後他の従業員から債権者が同日勤務時間中一時間位雑談していたと聞き、村山は技術課の田中忠義(前福岡工場製造課長で現在嘱託として勤務)に対し右事情を話し、「こんな事では債権者と一緒に仕事は出来ない。」旨申出た。田中はさらに小柳主任に右事情を報告し、同主任は退社しようとしている債権者に対し、「一所懸命努力して出来なければ仕方がないが、途中ブラブラしていたと聞けば受継した人も気分をこわすので、チームワークを第一に考えて仕事をしてほしい。」旨注意したが、債権者は、「自分がブラブラしていたなどと誰が言ったのか。そんなことを上司にしらせるとは下劣な仕業だ。」等と反発し、全く反省の態度を示さないまま退社した。
5 翌二四日谷崎課長、小柳主任および前記田中の三者で協議した結果、債権者の従来からの同僚との非協調的態度および前日の行動を考えると、債権者を工作班から外して他の職場に配置換した方がよいとの結論に達した。そこでさらに、谷崎課長と小柳主任とで債権者の配転先を検討した結果、前記のような債権者が昭和五一年に製造課から技術課へ配置換となった経緯から製造課への再配転は相当でなく、他の従業員とのトラブルを避けるため、当分債権者には仕事上他の従業員とチームを組む必要のない単独で出来る仕事を担当させるのが適当であり、それに適う仕事としては工場内の一般清掃業務しかないとの結論に達し、その旨工場長に上申し、その了承を得て同日本件業務命令が発せられた。そして、本件業務命令を発するに際しては、谷崎課長および小柳主任が債権者に対し、「債権者が協調性に目覚め、他の係が債権者を引受けると言えばその係に配置転換するので、他の従業員から債権者に来てほしいと言われるような勤務振りをしてほしい。」旨告げた。同月二八日当時の組合執行委員長斉藤竹美と債権者とが工場内で谷崎課長に会って、「債権者を従来の工作班に復帰させるか、他の職場に換えてほしい。」旨申入れたが、同課長は、「現段階では工作班に復帰させたり、他の職場に配置換することはできない。債権者と一緒に仕事をやろうと言ってくれる人があれば、何時でも検討するので知らせてほしい。」旨答えた。その後組合役員から工作班への働きかけで工作班の従業員と債権者とが昼休みに話合うこととなっていたが、約束の日に債権者が工作班の従業員のいる所へ足を運ばなかったため、話合は実現しないままとなった。
6 本件業務命令によって債権者が命ぜられた清掃業務は、従来も健康上等の理由から専任の従業員が配置されていたことがあり、昭和三一年九月から昭和四七年七月まで庄林某が、昭和五一年三月から昭和五四年四月まで築地某がそれぞれ従事しており、右のように専任者がいない場合は、各職場で手すきの者が清掃していた。
以上認定の事実によれば、本件業務命令が債権者の主張するような事実上の懲戒処分としてなされ、若しくは公序良俗に反するもので違法、無効なものと認めることはできない。なおまた、債権者は債務者会社の従業員たる地位自体を喪失しているものではなく、勤務場所、賃金等にも変更のないことを考慮すると、本件は保全の必要性にも乏しいものと言えよう。
三、よって、本件仮処分申請は理由の疎明がなく、疎明に代る保証を立てさせることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 湯地紘一郎)
別紙一 申請の趣旨
債務者が、昭和五五年七月二四日、債権者に対してなした前同日以降債権者の定期業務を清掃とする旨の業務命令の効力を仮に停止する。
申請費用は債務者の負担とする。
との裁判を求める。
申請の理由
一、当事者
債務者は食品製造を業とする会社であり、債権者は昭和三六年ごろ、債務者に雇用され、福岡工場製造課に配置されて食品製造業務に従事し、昭和五二年八月一五日ころ福岡工場技術課に配置転換され、機械器具等の製作補修業務に従事してきたものである。
二、業務命令
債務者は昭和五五年七月二四日債権者に対し、福岡工場谷崎技術課長を通じて左記の業務命令を発した(以下「本件命令」という。)すなわち同月二五日から債権者の業務を技術課の機械器具の製作補修業務から、同じ技術課所属で主として清掃業務をなすよう変更するというものである。
三、本件命令の発せられた契機
本年七月二三日正午すぎ、債権者は上司である技術課小柳から指示を受けポンプの修理に従事した。あいにく当該修理に必要なビニールソケットの予備がなかったため、債権者はやむなくビニールソケットの代替品の製作を含めて修理に従事し、終業時刻の四時ころには、修理完成まであと二、三〇分を要するまでに至っていた。
債務者の工場では、終業時刻は午後四時と定められているが、午後四時三〇分までの残業が常態となっていた。当日、債権者は午後五時に人と会う約束があり、終業時刻には退社する旨上司に通告していた。仕事の完成まであとわずかになったが予定の退社時刻になったため債権者は同僚に仕事の引継を依頼し退社しようとした。ところが債権者の直属の上司である小柳が、債権者に対し、債権者が仕事を怠ったため時間がかかり仕事を残したまま帰るはめになったかのごとき叱責をした。債権者は部品がないためその製作を含めて仕事をしたこと、そのために時間がかかったことを抗弁し退社した。本件命令はこのトラブルの翌日発せられたものである。
四、本件命令の無効
1 違法な懲戒処分
本件命令は前日のトラブルに対する報復としてなされた事実上の懲戒処分である。このような懲戒処分は就業規則に定められていない(債務者就業規則第六七条)のみならず、債権者には懲戒を受ける何らの事由もない(同第六六条)。よって本件命令は無効なものである。
2 人権侵害の業務命令
本件命令により債権者に課せられた職務は福岡工場において従前債務者社員に課せられたことのないものである。職業や職務に貴賤のないことは当然としても、当事者の承諾なくこのような職務を命ずることは社会通念に反するものであり、債権者の名誉を著しく侵害し、公序良俗に反するものとして無効である。
五、保全の必要性
債権者は債務者に対し、本件命令を認めないことを通告しながらも、新たな処分を回避するため業務そのものには従事している。しかし、この屈辱的業務により債権者は心身とも疲れはてている。債権者は債務者に対し本件命令の無効確認の訴えを準備中であるが、本案の確定を待っては債権者が回復しがたい損害を被むることは明らかである。
別紙二
第一、申請の趣旨に対する答弁
債権者の本件仮処分申請を却下する。
申請費用は債権者の負担とする。
との裁判を求める。
第二、申請の理由に対する答弁
申請の理由一、当事者について
債務者が食品製造を業とする会社であること、債権者が昭和三六年六月一日本雇として雇用され、主として福岡工場製造部門で勤務し、昭和五一年八月三〇日技術課付工作班部品整理係に移り、その後一般修理業務に従事してきたことは認めるが、その余は争う。
同二、業務命令について
おおむね認める。
同三、本件命令の発せられた契機について
債権者が昭和五五年七月二三日正午すぎ、小柳の指示でポンプの修理に従事したこと、修理に必要なビニールソケットの予備がなかったこと、債務者の工場では、終業時刻は午後四時と定められているが、午後四時三〇分までの残業が常態となっていること、債権者が右同日午後四時に退社する旨を上司に通告していたこと、債権者が右仕事を残し、同僚に仕事の引き継ぎを依頼し退社しようとしたこと、ならびに債権者の直属の上司の小柳が債権者に注意を与えたことは認め、その余は不知ないし否認する。
同四、本件命令の無効の主張について
1 違法な懲戒処分
事実上の懲戒処分との主張は否認し、その余は争う。
2 人権侵害の業務命令
否認ないし争う。
同五、保全の必要性について
争う。
第三、債務者の主張
一、債務者会社は、食品製造を業とする会社で、製造、技術、業務一般の部門に分われている。
債権者は、入社以来製造部門で勤務していたが、製造課の各従業員との協調に全く努力をはらわない行動を続けて紛議が絶えなかった。一例をあげれば、昭和四三年四月頃、午前八時から仕事を始め、午前一〇時半頃になるや、当日の仕事は手間がかかったので一日の仕事の量は十分果したといって、退社しようとしたり、また昭和四七年八月頃上司に頭痛がすると早退の申出をなし、その許可を受けるや、債務者会社食堂で囲碁にふけり、これを上司が注意すれば、早退後は本人の自由時間だと暴言を吐く始末であった。
更に、債権者は流れ作業であるにもかかわらず、無断で職場を離れ他の作業員に再々迷惑をかけるので、他の作業員から職制へ苦情があり、ついには債権者を製造のチームに入れるなら自分たちを配置転換してくれとの申出がなされるに至った。
二、債務者は、他の従業員の苦情があまりに多く、またそれが真剣であって、これ以上事態を放置すれば他の従業員に重大な悪影響を及ぼすことは必至と判断されたので、債権者の同意のもとに同人を技術課工作班の部品整理係に配転した。
その際、債務者は債権者に対し、配転の理由が債権者の職場での協調性に欠けることにあり、技術部門においては製造部門の時と同様の協調性を欠く行動をしないように、もしそのようなことがあれば次に配転すべき部門がないので十分心掛けて職務を行うように厳重注意を与えていた。
三、右のいきさつで、債権者は技術部門の工作班で仕事をするようになったが、債権者は工作の仕事については知識がなく、従って会社としては上司、同僚の指示、指導を受けて作業をするようにとの指示を与えていた。にもかかわらず債権者は、度々その指示を無視し、独断で作業を行い、そのため他の作業員に迷惑をかけることが度重なった。
かくて、債権者が工作班におけるチームワークを乱すため、またもや他の作業員から債権者をチームから外してほしいとの要望が再三なされた。しかし債務者は他に債権者を受け入れるべき部門もないので、職制その他の従業員に債権者の指導に努力するよう説得し、指導していたものである。
四、昭和五五年七月二三日正午すぎ、技術課主任の小柳が債権者にポンプ座の液揚げポンプのサクションパイプ及びデリバリィーパイプの連結作業を命じたが、その作業は部品を製造したうえで連結作業をしても二時間以上を要する仕事ではなく、就業時間内に十分完成することが出来るものであった。にもかかわらず、債権者は、右当日午後三時頃から木工室で雑談に耽り、結局退社時間の午後四時までに完成せず、これを同僚の村山博に引継を頼み退社したので、同人はそんなあとしまつは困ると怒ってしまった。
五、技術課主任小柳は、右村山から事情を聞いたうえで、債権者に対し「自分の守備範囲のことは決着をつけてほしい。一生懸命努力して出来なければ仕方がないが、途中ブラブラしていると聞けば受け継ぎをした人も気分をこわすのでチームワークを第一に考え仕事をして欲しい。」と注意をした。
債権者は右小柳の注意に対し全く反省しないばかりか「自分がブラブラしていたなど誰がいったのか。そんなことを上司に報らせるとは下劣な仕業だ。」と反発し、更に退社時前記村山博に対し、「上司に告げ口したことについては明日話の決着をつけよう。」と語気荒く迫り退社したものである。
この状況を見ていた工作班の者は、工作班の田中忠義に「債権者と一緒に仕事は出来ない。債権者が居るなら我々を工作から外して欲しい。」等の申出をし、翌七月二四日工作班の田中忠義、技術課主任の小柳、技術課長の谷崎の三人が債権者の右問題について話し合った結果、技術課の現在の状況、すなわち債権者の技術課における非協調性を考えればこのまま債権者を技術課に配置しておくことは技術課にとって大きなマイナスであり、他の作業員に対する影響が重大であり、他に部署を移すべきとの結論に達した。
六、債務者は右の事情から債権者の配置転換を決定したものであるが、その配置については、前述のとおり製造部門で債権者を引き受けることを拒否しており、業務一般は事務系であり債権者を配置出来る余地がなく、結局債権者を清掃一般の仕事に配転することとしたものである。
債務者は、債権者を清掃一般に配転した後においても、本人が協調性にめざめ、技術、製造のいづれかの部門から債権者を引き受ける旨の申し出があればいつでも債権者を配置転換することを技術、製造部門に申渡しており、現在まで右各部門よりの申入れがない状況である。
七、右のとおり、債務者が債権者を配置転換した理由は、債権者の七月二三日の行動に対する報復では決してなく、各職場のチームワークひいては他の従業員が職場にて安心して仕事に従事できる環境を守るためであり、これは債務者にとって必要最少限度の措置というべく、債権者に発した業務命令は十分合理性があるものである。
従って、本件業務命令には債権者主張の如き違法はない。